Mirage

Border of Life-1

新幹線に揺られ、君塚冬真は東京駅に降り立った。
2003年を迎えたのは、柚葉とレンが待つ浅川医院でだった。大学を辞め、就職するでもないと知った両親と衝突し、黙って頭を下げたまま、家を出た。
マンションを借りようと思ったが、柚葉に止められた。そんな金を払うつもりはない、と一蹴され、ビル二階の一室を与えられた。3LDKという広い住居だったので、同居しているという実感はあまり無い。
あの人たちは、ただ僕に家事をやらせるつもりだ。気付いたのは、入居して一週間ほどだった。
レンもまだ帰らない。何でも、結果を知るまで帰るつもりはないのだとか。
――――煌貴が死んだ日。平紗歩叶も同じく、倒れて意識を戻さない。
それはまさしく、戻さないといった感じで、煌貴と同じベッドで封じられている。
消す名前は一人か、二人か。見極めるため、レンは未だ、帰らない。

時間の経過は驚くほど速く、あっという間に年が明け、2月になった。

浅川柚葉という人は、昨年の正月とはまったく人が変わっている。
「それはそうだろう、冬真。お前さんが知っている『浅川柚葉』という人物は鏡面世界の住人だ。世界という境界を越え、天上世界の住人となるのなら、性格も正反対になるだろう。何だ、平紗歩叶で気付かなかったのか?いや、勿論だが以前の口調などにも戻せる。ただこちらにいるのなら、正しい形であるべきだろう。元より境界越えなどという反則で来たのだ。それくらい、しておかなければな」
穏やかさは無く、怜悧(レイリ)そのものの声で言われ、黙らされる。
柚葉は驚くほど変貌し、レンもさすがに可哀想になったらしい。
「2月、東京に行ってほしいのよ。私はまだ戻れないし、スロウへの挨拶も兼ねて行ってきたら?」
新幹線の切符と、住所の書かれたメモを渡されて、急かされるように冬真は東京へ向かっていた。
東京駅でメモを開く。住所と、一言が書き込まれたメモ。
“最初は浅草寺にタクシーでも使って行ってね”
どうして浅草寺かはわからない。観光でもしろと言いたいのだろうか。
とにかく、タクシーなど利用できるほど、資金の余裕は無い。
人の多さに圧倒されながら、君塚冬真は再び駅構内に戻っていく。
有名な山手線とやらで行こうと思ったのだ。
で?どこで降りれば浅草に近いんだろう?

午前十時には到着していたが、浅草寺に到着したのは午後一時を過ぎている。
諦めてタクシーに乗り、ようやく到着した。慣れないことはするものじゃない、というのが身に沁みて分かった。
「あれ?」
見覚えのある雷門。だが、人はいない。
観光名所なのに、人が誰もいないなんてことは無い。見えるとすれば、奥に六人の外人集団が見えるだけだ。
タクシーから降りて、とりあえず六人の集団がいる方へ向かってみる。
輪から一人、離れてこちらに向かってくる。長い銀髪の、恐ろしいほど美しい女性。
見た瞬間、脳髄がやられた。真っ直ぐこちらに向かう女性は、本当に、形容し難いほどの美人で、冬真は見惚れるだけ、もう動いてはいなかった。
「何をしていたのです。遅刻するとは度胸がありますが、不要の度胸です」
小声で律してくる女性。響きには怒りが込められているが、口を尖らせて抗議する姿は可愛ささえ含んでいる。
年齢は二十歳になるか、ならないかくらい。ひょっとしたら、もっと若いかもしれない。少なくとも、自分よりは小さな子だった。
神がかった美人、というのは歩叶とこの子のことを言うのだろう。
「行きましょう。六王会議に遅れるなどとは、憐に任せるべきではありませんでした」
瞬間、全ての思考が統率された。
冷静さを取り戻す。舞い上がってたのは、自分だけだ。
六王会議。スロウに所属し、非公式に各国政府から多大な権限を委譲されている六人の王がいる。
即ち、オセアニア、アメリカ大陸の担当、フレッド・ムーア。
北ヨーロッパの担当、サミュエル・リッヒライティ。
ヨーロッパの担当、アルル・ラ・ピュセル。
南ヨーロッパからアフリカ、西アジアの担当、ヒース・アルヴェン。
東アジア、極東の担当、シルヴィア・フェイスタッド。
そして、それらを統率する、統括がアーシュ・セイクリッド。
異端の六王、彼らが世界を統治し、表舞台に姿を現そうとする「怪異」を打倒する。
「申し訳ありません、東ユーラシア・極東地区担当フェイスタッド家当主シルヴィアに代わり、スロウ日本支部所属、君塚冬真が到着しました。皆様方、どうぞご寛恕(カンジョ)ください」
「それはいいが、リーティア卿。君の権限は総責任者いてこそのものだろう?」
「まぁ、ご老人。いいではないですか。リーティア卿は確かにそのような規定によって権利が保護されていますが、聖上の妹君であられるのもまた確か。せっかくご老人好みのテンプルにいるのですから」
「ねー、シルヴィアちゃんはぁ?なんでそんな坊やが来てるのぉ?」
「彼女のことだ。ノイシュヴァンシュタインで遊んでいるのだろうよ。極東の報告など大したことはあるまい。それより、ベロニカ。君の祖父は些(イササ)か血気盛んなようだ。血圧上がって死ぬ前に抑えておけよ」
「貴方ねぇ、南アメリカまで目を配ってるから疲れてるんじゃないの?」
六人が思い思いに口を開く。皆、それぞれに威厳があり、君塚冬真は緊張の余り、軽い腹痛を覚えていた。

異端の六王は、名にあるごとく、異端者である。
能力が飛び抜け、制御できない連中とも言え、それを現スロウ総責任者が平定していった。
力でねじ伏せ、叩き潰して配下にしていった。そして、最強の六人が結集した。
あどけない顔をした少女もいる。アルル・ラ・ピュセル。ヨーロッパに伝わる魔女であり、実際に空を飛行したり、街一つを、片手を振るだけで壊滅させる能力の持ち主だ。
全てがその調子で、君塚冬真などでは及びつかない能力者の集会なのだ。
例えば、隣に座るアーシュを怒らせれば、冬真の体は一瞬で灰になるだろう。
総責任者の妹。兄貴の力を思えばこそ、恐ろしい。こんな能力者たちを叩き潰すなんて、それこそ神の類でなければ不可能ではないか。
「さて、キミツカ。貴殿がここにいるのは理由がある。貴殿の師、アサカワが管理する土地にいる異端のことだ」
フレッド・ムーアが厳しい視線で見つめてくる。虚偽は許さない視線。気圧されながら、しっかりと冬真はフレッドを見た。
「アサカワは優れた管理人だ。その弟子である貴殿も、能力はあるのだろうよ。コーメイという名の異端者が潜伏していることを知っているか?」
「望月孝明です。特に問題を起こしたこともなく、比較的平穏な男だと思いました、けど」
「なら、良い。ピュセルにも正式な届けを出して移動をしている。そしてアサカワも掴んでいる。今は、それで良い」
とりあえず、安堵。
「私はもう少し情報が欲しいですね。いきなり極東の地に、五名の異端者が現れた。それも、何の前触れも無く、です。元より、あそこはヤガミの土地。ヤガミだけがいるのならわかりますが、コーメイを含めて七名もいる」
「えっと、朝里煌貴と矢上歩叶は兄妹のようなもので、僕と氷彩も兄妹です。朝里というのは、矢上の妻の苗字ですから」
「すると、こういうことですか。ヤガミは三人。シキの名を持つ者が三人いる。突発的に具現したのはキミツカの二人と、アサカワだけですね。ヤガミの息子が具現するとは、珍しいこともあるものです」
「えっと、ヒースさん。その『シキ』って何ですか?」
「何だ、知らなかったんですか。ヤガミはディヴァイン・ナイトと呼ばれる一族で、シキと呼んでいます。略称、ですかね」
物腰の穏やかそうなヒース・アルヴェンに訊ねる。ディヴァイン・ナイト。神の、騎士。
ああ、だから。歩叶は騎士だったんだ。ようやく、煌貴と歩叶の接点が見えたような気がした。
「どうした、キミツカ」
「え?ええ、すいません。報告は間違いです。浅川の管理する土地に異端者は六名。朝里煌貴は昨年十二月に死去していて、矢上歩叶も現在、入院中で意識はありません」
「そういう大事なことは言ってくれないと困るぞ。それでも君はオーナーの弟子か」
「まぁ、ご老人」
ヒースが宥める。その声を、冬真は聞き流していた。

解散となり、年甲斐もなくはしゃぐ老人を連れて、五人が先行する。最後に、ヒースが礼をして去っていき、冬真は自然とアーシュと二人きりになった。
「親友、だったんだ。煌貴は勉強は普通だったけど、頭は良かった。煌貴がいたから、僕はこうして、ここにいるんだ」
きっと、一人じゃ何も出来なかったから。柚葉の言うことも、煌貴がいたから理解出来た。
「厳しいことを言いましょう。私たちはすでに、社会から外れている。社会の中において社会の敵を排除している。戦いもあるでしょう、傷つくこともあるでしょう。生死の境に生きる私たちは、死を常と割り切らなければなりません」
「うん、分かってる。だから、弱音はこれきりにしようと思って」
「そうですか。しかし、優しいことも一応、言っておきましょう」
欲しかった。優しく、慰めてくれる一言を。

「煌貴さんが示した道にいるのなら、貴方は生涯、親友のままでいられます」

託されたものがある。
委ねられた願いがある。
君塚冬真が託されたものを持つ限り、朝里煌貴は死なない。
そう、僕が進んでいる限り、親友はいつも見守ってくれるはずだから。
「ありがとう、アーシュちゃん」
礼を言って、誰もいない浅草寺を後にする。
ふと、雷門が目に入った。
「そういえば、どうして浅草なの?」
「リッヒライティ翁のため、京都で行っていました。しかし、飽きたのでしょう。他意はありません。それと、君塚さん。私は今年で二十七です」
聖女は笑う。
そこに、冬真は言い知れぬ恐怖を覚えていた。
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