
Bloodthirsty vesper
私は非道ではない。しかし、愚かである。
Bloodthirsty vesper
前
白い城。私はいつもと同じように覚醒し、天蓋(テンガイ)のついた寝具を見上げた。
四層による構造。豪奢(ゴウシャ)な建築をした牢獄で、目覚めるのは決まって夜だった。よって、無駄に施された装飾越しに、窓の外を見ることはあまり無い。
精密機械のように、行動は確定されていた。考えてやっていることではない。徹底して無駄を省(ハブ)き、必要最低限の行動だけをするならば、結果として毎日のスケジュールは似てしまうのではないか。
廊下を歩く。規則正しく並んだ窓、精密過ぎる回廊を渡りながら、中央階段を使って階下に出る。
城の部屋数など数えたこともない。また、数える必要も無い。使うのは寝室と書斎くらいなものであり、残る部屋は埃(ホコリ)に埋(ウズ)まっていることだろう。
牢獄には誰もいない。囚人は私一人であり、孤独な深海に似ていた。
――――だと言うのに、中央階段には一人の来客が立っていた。
「お初にお目にかかります、リヴィエルロット」
恭(ウヤウヤ)しく礼をする姿は、飾り気がない。事務的な声に仕草だったが、妙に気品はあった。
生まれがそうさせるのか。あるいは、自然と仕草に滲むものなのか。騎士修道会(ローゼンメイデン)に属する男装した騎士は、帯刀すらしていなかった。
そう、男などではない。薔薇(バラ)の名を冠する、鉄の処女。美しくも武に秀でた騎士たちの集い。
騎士団となれば、悪魔払い関係の事項。枢機卿(スウキキョウ)から任ぜられた務め。対異端組織であろう彼女らがここを訊ねる意味は一つしかない。
「カタリナ・ソフィー,エリザベート・シャルロッテ・フォン・ディア・プファルツですね。ドイツ選帝侯の血を引く貴女がローゼン・メイデンに身を置く騎士とは、時代はわからないものだ」
年端もいかない騎士は一度だけ表情を動かしてから、今度は最敬礼をする。それが皮肉に対する応答ではなく、彼女なりの誠意だったのだろう。
階下で頭を下げる騎士。それが、厄介な依頼を意味していた。
「プファルツ卿(サー・カタリナ)。立ち話で済む内容ではあるまい。私の茶の相手でもするがいい」
「はい、リヴィエルロット総統(グランドマスター)。閣下のお望みのままに」
どうやら、この日はいつもと同じではないようだ。
騎士団。その発端は古い。
十二世紀に誕生した騎士による修道会。修道士でもある彼らは、当然のごとく十字軍でもあった。
クルセーダーでもあり、ナイトでもある。こと魔を討つことに関してはエクソシスターを超える。武力による外的の排除。騎士団は個々に高い技量を持ちながら、集団による戦闘を覚えた。
細かいモノを除けば、騎士団は消滅している。十字軍が敗退し、聖堂騎士団もまた聖地に固執し過ぎた。時流に遅れた存在となりながら、勢力を有する彼らは世界によって排除された。皮肉にも、少数精鋭を目指した騎士団は神秘を有するようになり、異端と呼ばれた。
バフォメット(マホメット)崇拝とさえ囁かれ、結果的には滅びた。火刑に処された異端の騎士たち。だが、確かにその能力は高かった。だとすれば、残る者もいただろう。
異端処理部門。聖堂騎士団は公式に消滅し、裏に残る。男色とも言われた騎士団は女性による騎士団の結成を促し、ここに二つの騎士団が結成された。
だが、もうひとつ騎士団はある。プロイセンからトランシルヴァニアを領したドイツ騎士団。テンプル騎士団の後方支援を行った騎士たち。
竜騎士と呼ばれたプロイセンの騎士たち。その能力はテンプル騎士団を凌駕していた。だが、四方から滅ぼされ、現在ではローゼン・メイデンと合併し、ヴュルテンベルク地方に居城を持つ。
プファルツの人間は、その東、バイエルンを支配していた。ローゼン・メイデン、竜騎士とも関わりは深い。現在ではマンハイムに移り住んでいる。
「閣下、三卿の動きをご存知でしょうか」
ティーカップを傾けながら、彼女の答えに頷く。
「シュトラウスは相変わらず王国作りに励んでいる。ヴィルヘルムは抜けたな。居城に篭って沈黙を続けている。ただ、解せないとすればガーシュウィンの動きだろうか。チェイテの城は潰したが、シュトラウスとティフォージュの城に移っている。あの男がガブリエルの下風に立つとは思えない」
三卿。即ち、ガブリエル・シュトラウス、ギュスターヴ・ガーシュウィン、アイルヴェール・ヴィルヘルムの三名。彼らは吸血鬼の王族として裏で名を馳せ、異端の王国を築こうとしている。
ヴィルヘルムは、抜けた。彼女はその愚を悟ったのか、北欧の居城に戻ったまま動いていない。
三人は互いに敵視しているはずだ。ヴィルヘルムの行動は、らしい。しかし、居城を失ったからと言って、シュトラウスとガーシュウィンが協力関係になるとは思えない。
「ガーシュウィンは何かを企んでいるのでしょう。あわよくば、シュトラウスの王国を利用しようとしているのでは?」
厳格な法と秩序。それがシュトラウスだった。何を思ったのかはわからない。彼は異端が排除されることを拒み、己の力で勢力を築く。淘汰される吸血鬼を保護し、異端の組合を作った。
彼はルールを適用させる。要するに、社会に排除されないよう、世界と契約したのだ。妥協と言ってもいい。彼らは人を殺さなくては生きていけない。しかし、殺すのならば社会に排除される。
結果として、妥協するしかなかった。
故に。カタリナが差し出した新聞、その紙面の記事はおかしかった。
吸血鬼再び、と銘打たれた記事はロンドンでの殺人事件を意味している。18世紀を彷彿とさせるような民衆の驚き。二体の死体からは、血液が全く採取されなかったと言う。
再び世に出る吸血鬼。模倣か、あるいは真実か。
「助力を。マスター・リヴィエルロットのお力を借りるため、私は参りました」
「冗談がお上手なこと。サー・カタリナ、私もその異端だ。騎士団にとって滅ぼすべき標的の一人である私に、助力を?」
カタリナの表情は、動かない。長いブロンドの髪が、僅かに上下しただけだ。
想定出来る事態ではある。枢機卿団は騎士団に異端の殲滅を求める。しかし騎士団の力量では及ばぬ敵もいるだろう。此度の騒動、取るに足りない事件だとは判断していない。シュトラウスという蓋がありながら事件が起きたということは、シュトラウスでさえ止められない事態かもしれないのだから。
もう長く、独りだった。独りでいることしか知らない。独りでなければならない。
私は、知らず頷いていた。それが感情なのか、あるいは使命なのかはわからなかった。
まず、ドイツに入った。馬車に揺られ、トランシルヴァニアからドイツ、ヴュルテンブルクに入る。再建されたハイデルベルクの城。そこが、ローゼン・メイデンの居城。
赤い城壁は、城塞というより居城だ。当然のように、攻撃を防ぐためではなく、ここから出撃するためにこの城はある。少数精鋭の騎士団だったが、テンプル・ナイツとは違って街に同化しているらしい。街の住民たちに気にされることもなく、馬車は悠然と街の北部にある橋、アルテ・プリッケを通過し城に入る。
通されたのは王の間だろう。随分と古ぼけた城の印象を与えるが、活気があり、人も多い。私の城と比べるのは、どうも場違いのようだ。
ローゼン・メイデンは外部からの干渉を受ける。同じ騎士団であるテンプル・ナイツとは違い、隠れ蓑(ミノ)を必要としたせいだろうか。総長にはハプスブルグ家の成員を置かなくてはならない。
彼女らは、存在が逆である。ハプスブルグ家の所領としてハイデルベルク城が存在し、当主とは別の誰かが住む。その世話をするのが彼女たちである。しかし、実質的には、ハプスブルグの援助を受ける代わりに総長の座を明け渡しただけであり、総長は名義だけの存在に近い。
が、名前だけでも総長であるならば、権利もある。
玉座のような場所には、一人の男性が鎮座している。左右、一列に並び頭を下げて直立するのは女性の騎士たち。私は、傀儡(カイライ)の王を見上げ、カタリナと進む。
「なかなか面白い趣向ではある。が、偉そうに踏ん反り返って見下ろすほどの権威はあるかな?」
「この、当然だろう。主は異端、本来であればここで滅する存在ぞ。弁えよ――――」
一歩、進む。騎士たちは動かず、カタリナも後ろで止まった。
「そう、私は異端だ。ならばこそ、この騎士たちとは違い、この場で貴様を殺してやろう」
何の逡巡(シュンジュン)も無い。元から狙われる身だ。敵の親玉を殺したところで、罪が増えようものか。
その意味がわかったのか。ハプスブルグの総長は顔を青ざめ、即座に退出していく。別に本気ではなかった。ただ何気なく、この場に男性がいるのが不釣合いだと思っただけだ。
騎士団の長はカタリナ。彼女を中心に、幹部の数名が集まってくる。そしてそのまま、別室へと通された。
「爽快でしたわ、マスター・リヴィエルロット」
騎士の一人が言う。退出する総長が滑稽だったのだろう。
「体よく厄介払いしただけだ。それで、具体的な内容を教えてもらおうか」
「はい。本国における調査は別の人間で行います。その結果を元に殲滅戦を展開します。いくつかの組織が動いており、状況は混乱しているようです」
オカルティズムを求める機関は多い。教会は元より、フリーメイソンや紋章院も同等だろう。中小問わず合わせれば、十は下らない。
当分は、沈静化するか過激になるかを傍観する。現状では動くに値しないどころか、下手に動けば格好の的になる。
ここドイツでも危険な空気は流れている。事件はロンドン。だが、ティフォージュが吸血鬼たちの居城である以上、フランス、イギリスの両国に目が届く場所でなければならない。それでいて、教会から身を隠すのだからイギリスなどには近寄れない。
やはり、どう考えてもまだ動ける状況ではなかった。
閑話
王曰(イワ)く、世界は敵だった。
英国の地を後にする。私自身は単なる与太話(ヨタバナシ)に過ぎんと感じていたが、王の命令なれば仕方あるまい。
アイルヴェールはそれなりに認めているらしい。退屈しのぎに対話でもしたのだろう。確かな情熱を感じて、それなりに協力もしているのかもしれない。しかし聡明な彼女のことだ。いつもと同じく、冷たく適当にあしらっていることだろう。
生憎(アイニク)と、私は退屈を持て余しているアイルヴェールとは違う。一途に自分の王国を作ろうとする、愚かな国王とも違う。私には私の目的があり、そのために従っているようなものだ。
ティフォージュの城に戻る。薄暗い城内。整然と歩くストリゴイたちを眺めつつ、まずは姫の部屋に入った。ティフォージュに封じられた我が妃。
それは象徴だ。確かな力と権威を持った象徴。ガブリエルではなく自分に渡された理由。あの男は妄信的(モウシンテキ)にリリス・リヴィエルロットを追いかけている。なら、その娘と娶(メト)るのは自分しかいない。
だが、実際は象徴としか機能しない。リリス・リヴィエルロットの力を受けた双子の姉妹。姉は実力がある。力もあり、何より、多勢に憮然と立ち向かう気高い意志を美しいと感じた。
妹は違っていた。半端な能力しか受け継げなかったが、それでもストリゴイたちとは比べ物にならない。故に、制御に戸惑う。結局は封じることしか出来ず、今は吸血鬼たちの象徴となる。かつての吸血種、その王たる姫はここにいるのだと。
客人をガブリエルの部屋へ通し、私は動き始める。願いを果たすために。
後
後に発展し、発生した事件のうち、七件は模倣。真の事件は三件ほどだ。
舞台はすでにイギリスから離れ、フランス、そしてこのドイツで起きた。西欧州に移った事件。そろそろ、解決せねば意味が無い。
陽が落ちる。街が違う色に染まる。闇と落ち、そして灯さえ消えた時刻。私はカタリナだけを伴って街を出た。
騎士団の本拠がある場所では事件など起きない。さすがに、敵もそこまで愚かではなかった。
北へ向かう道の途中。小さな村があった。本当に小さな街だったが、そこは数日前に事件が起きた場所。血液の無い死体が発見されている。
「おかしな街だ。夜、出歩く若者からは血の匂いしかしない」
集団で歩く若者。その背を追って、夜の街に足跡を残す。カタリナも街の異質さを感じ取ったのだろう。警戒しながら、つとつとと先導している。
「呪縛、でしょうか。強力な制約力を感じます」
「この街では私も貴女も存分に力を発揮出来ないようだ。戦う準備だけは、しておけ」
牽制するような視線を感じる。誰もが私を見て、誰もが何も見ていない。不思議な違和感に捕われつつ、前の青年たちを追った。
カタリナは剣の柄に片手を乗せ、いつでも戦える体勢に入っている。こちらは、武器など持っていない。だが、戦闘に支障は無いだろう。
灯の無い街並み。小さな木造の家に、青年たちは吸い込まれていく。数にして四。内部には、まだ他に人がいるだろう。カタリナは先頭に立ち、音も無く扉を開こうとする。
ドアを開ける。彼女はその扉に身を隠し、開けた視界の先に――――邪悪な意思を感じた。
体が浮く。意思は質量を持ち、鋭い刃となってこの胸に突き刺さり、そのまま、向かいの民家にこの体を押し付けた。
激しい衝撃が背中越しの家を揺るがす。痛みはある。見ると、ぽっかりと胸に穴が開いていた。思わず笑い出したくなる光景に、血と共に抜け行く視界を持って答える。
「カタリナ、気をつけろ。コレは――――悪魔崇拝だ」
悪魔を信仰し、時に呼び出す。召喚呪文書(グリモワール)でも使ったのか。集団の力を持って、遊び半分に呼び出した悪魔は確かな悪意と殺意を持って現代に執行される。
屋内では、慌てふためく若者たちが見えた。それは慌てる様子でもあったが、同時に、成功したのだという狂喜でもあった。だが、何にせよ狂気には違いない。
カタリナが駆け出す。即座に屋内に侵入し、呪文書を焼き払う。抵抗する若者たちを剣の鞘で打ち払いながら、呼び出されし悪魔と対峙する。
「やめてくれ、せっかくの弟子たちなのだ。しかし、ふむ。下らぬ与太話をする阿呆どもかと思っていたが、存外、『黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)』とやらも見捨てたものではないな」
声がする。男の声だ。聞き覚えはある。忘れたことも無い声音。
地面に伏す。出血量が多すぎる。ただ、代わりにカタリナが応えていた。
「ギュスターヴ・ガーシュウィン。まさか貴様が、弟子だと?」
「不思議かね、プファルツ卿。ああ、不思議だろうな。奴らは箸にも棒にもかからぬほど使えぬ子供だ。薔薇十字(ローゼン・クロイツ)の方が幾分マシだろう。あの男は己が欲求のために組織を作ったようなものだからな。この子供たちは単なる憧れに過ぎん」
黄金の夜明け団、などは。神秘主義の氾濫(ハンラン)によって生み出された数多の秘密結社もどきに過ぎない。そんなものは、私たちから見て子供の遊び程度のもの。遊びで付き合うことはあっても、弟子などにはしないだろう。
「とは言え、ストリゴイにしてやる気にもならん。我らが吸血種とするには下劣すぎる。だから遊んでやったのだよ、ただそれだけさ」
すでに子供たちは四散している。人数を集めれば魔力には事足りる。制御も出来ない下等で低俗な悪魔程度であれば召喚も出来るだろう。
「そら、さっさと悪魔退治をせんと吸血種の姫が死ぬぞ」
意を決したのか、カタリナはもうガーシュウィンを見ず、何処へ消え去った悪魔を追って行く。耳に届くは笛の音。警察機構だろうか。とにかく、ガーシュウィンがこの場に残ることは無いだろう。
傷の回復が遅い。胸に開いた大穴。血は限りなく、絶え間なく流れ続ける。
起き上がることすら出来ない。このままでは、死んでしまうのではないだろうか。カタリナが悪魔を退治すれば、死ぬことはない。だが、出血量が、多すぎる。
タリナイ。血ガ、足リナイ。
体が起こされる。誰かが私に触れているからだろう。そして起こされ、首が持ち上がる。
金髪が見えた。カタリナによく似た、金髪。
「――――女の子が倒れてる。傷を負ってる。応援を寄越してくれ」
捜査官なのだろうか。黒い外套に身を包んだ男は、首を後ろに向けて怒鳴っていた。
タリナイ。血ガ、足リナイ。
ノミタイ。血ガ、飲ミタイ。
タリナイ!タリナイ!タリナイ!
タリナイ!タリナイ!タリナイ!
タリナイ!タリナイ!タリナイ!
タリナイ!タリナイ!タリナイ!
タリナイ!タリナイ!タリナイ!
タリナイ!タリナイ!タリナイ―――――!!!
――――気付くと、立ち上がっていた。
「――――あれ」
おかしいな、と首を傾げる。
私は立っていた。私は誰かと立っていた。私は誰かの死体と立っていた。
意識が覚醒する。記憶が撹乱する。そして、使命が蘇生する。
悔やむのも弔うのも後。今は許されない存在を屠るだけ。地を蹴り、飛翔し逃走した敵を追いかける。
意識は切断。最早、この世に生きる価値は無し。使命と果たせるなら、運命と心中しよう。
空に浮ぶ黒いコート。それを掴み、地面に向かって投擲する。叩き落す吸血鬼。見極めてから、私も地面に向かって疾駆する。
着地。すでにガーシュウィンは起き上がり、臨戦態勢を整えていた。
「チ――――アセリア・リヴィエルロット、貴様もしや覚醒したのか――――!」
口を開くのも最期。私にとっても、オマエにとっても。
「問う。答えよギュスターヴ・ガーシュウィン。目的は何か」
「ふん、甘いなアセリア。返答次第では情けをかけるつもりか。いいだろう、答えよう。私はガブリエルの王国作りになど興味は無い。組織体系を完成させて吸血種の存続を図ろうとしているが、どうでもいいことだ」
人間は進化した。社会という網を作り、招かれざる者は組織的に排除される。最早、我々のような異端者、吸血鬼が悠然と街中を闊歩出来る時代ではなくなった。
この世界で最も強いのは、誰でもない人間種。世界に認められたのは彼らであろう。
「退屈なのだよ、アセリア。千年に届く寿命。栄華も何も不要だろう?我々には富も名誉も必要ない。残された時間をどう使おう?余りすぎた猶予の時間は、残酷なまでに長すぎる」
退屈。それが、彼らの敵。
退屈だから、人を殺してみた。退屈だから、人を操ってみた。退屈だから、吸血鬼に憧れ、神秘を欲する子供じみた願いを叶えてみた。
ああ、なら。私は退屈だから、オマエを殺そう。
「私は、ガーシュウィン。やはり殺す、お前たちを。吸血種など滅してやろう。私たちは、生まれるべきではなかったのよ」
会話は幕を閉じた。後は、運命に身を委ねよう。
走る。体勢は低く、敵に向かって直線に走る。
この街にかけられた、制約の力など効果は無い。その力、元を辿れば私のものだ。
瞳を翠に輝かせて、アセリア・リヴィエルロットは敵に迫る。武器など持たない。彼女にとって、その全身が武器。驚異的なスピードを持って敵に接近し、腕を変化させて切りつける。手刀は空を切る。わずかに、ガーシュウィンの外套を切りつけただけだ。
変化の能力者。腕を刃と変形させ、さらにアセリアは接近する。
ガーシュウィンにとって、反撃の暇など無い。それほどまでに、差は絶望的に広がっている。
速度は圧倒的。疾風の如く斬撃を繰り出す。その一撃が、首を叩き落とし、骨を削ぎ取る必殺の力で成立している。
ばくん、と。袈裟に切り下げた一撃が命中する。肩口に入り、脇腹から抜ける。鮮血を撒き散らしながら、後退するガーシュウィンを、アセリアは追わない。
「そうだ。私たちは不死。なればどう殺す?」
腕が飛んだ。目に見えない速さで接近し、刹那の合間に右腕が飛ぶ。
殺す手段はいくらでも。だと言うのに、アセリア・リヴィエルロットは圧倒的なまでの力を見せ付けた後、優雅に、笑った。
戸惑いは一瞬、背後から届いた言葉にかき消される。
「簡単だ――――自決しろ、ギュスターヴ・ガーシュウィン」
胸に手を当て、吸血鬼は自らの心臓を取り出した。背後から突如として現れた男は、それを受け取り、事も無げに握り潰す。
倒れる音。それすら無視して、男は白い少女に近寄っていく。
「そう、所詮は貴方の操り人形だったってこと。ガブリエル・シュトラウス」
「飼い犬には首輪をつけねばならん。忘れたか、我が能力は『契約』である。貴女の御母堂との約束、果たさなければ意味が無い」
敵意は無い。互いに、直視したまま不動。
自然。無為(ムイ)に時間だけが流れた。だが、それに意味などあろうはずもない。彼らにとって、時間は永遠。この一瞬を逃したからとて、不利益は生じない。
そう、永遠。ここで対峙しようと、未来に対峙しようと同じこと。結果だけを、彼らは求む。アセリアは吸血種の絶滅という結果だけを。そしてガブリエルは、吸血種の存続だけを。
「礼を言う。道から外れた者は排除せねばならない」
「そうね。そうしなければ、貴方たちは生きていけない」
だから殺す。二極の結論。経過は同じと知りながら。
白い少女は、去る。迎えが来た。悪魔を退治し終えたカタリナが待っている。
背を向け、歩き出す。もう二度と振り返ることなど無い。
「ガブリエル。貴方の願いは叶わない。母は、もう戻らないから」
去り際、そんな言葉が口から漏れた。忠告だったのか、絶望だったのか。あるいは、己に対する弱音だったのか。
「知っている。だが、約束は生きている」
かつて、新種族の生誕を目指した者たちがいた。淡い夢物語。だが、それが今なら、彼らは失敗したということ。人間を超越する超人類を目指したのが、罪を犯すだけの存在が完成したのだから。吸血鬼という悪魔が。
しかし、王は絶望などしない。約束は生きている。必ず変えてみせると誓った。
「エリオットは任せろ。いつか、貴女に会うこともあるだろう」
甥の名前を耳にした。ただ、それだけだった。
「忘れないで。私たちは、夜に、月に従う者。」
この身は夜に支配されている。月を神と崇め、夜を神と信じる一族。
「さようなら。次に会う時は、殺します」
「ああ。待っている」
後悔は胸に。殺してしまった人がいる。
やはり、どう生きようと許されない存在なのだ、私は。残虐ではないが、生そのものが愚かである。
しかし、自害することは出来ない。いつか彼らを滅ぼすまで。
だから、しばし眠りにつく。
次に目覚めるとすれば、それは彼女を従える者が生まれる時。
あるいは、彼女の願いが果たされる時。
吸血鬼の姫君。朝は――――まだ遠い。
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