物騒すぎる朝のニュースを見る。
はっきり言って、朝食の席にはそぐわない。どうして朝にニュースを放送するのか。夜にもやるけれど、朝のヤツの方がグロテスクな気がする。
この町がニュースになることは、無かった。少なくとも、今この瞬間以外、崇行(タカユキ)は知らない。
四人目の犠牲者が出たらしい。アナウンサーの冷静な顔を見て、崇行は遅刻することにした。
学校など行って面白いものではないし、それならいっそ、ニュースで社会学習をしようと勝手に決めたのだ。
被害者は二十四歳の会社員。死体は残酷な手法で殺されており、詳しくは報道されなかった。
よほど酷い状態だったのだろう。名前と顔写真が出るが、当然のように、崇行にはわからない。
身近な人ではなかった。町という同じ場所に住んでいるのに、知っているのはごくごく身近な、狭い範疇だけだった。
小さい小さい社会の中でしか、生きていない。人とはそんなものだろう。接点など無く、ただ同じ町というだけ、危険性は高い。
そんな遠い存在の被害者に、崇行は何の感情も抱かなかった。
こんなものだ。殺すだの死ねだのという言葉を半ば日常的に使っているのに、その言葉の意味は半分も理解出来ていない。そもそも、遠い世界の表現法なのだ。崇行だけに当てはまる事項ではなく、この世界に生きている人間の大多数はそうなのではないか。
だから、別段、崇行は気にしない。
ニュースが伝えるのは、夜遊びは控えよう、というぐらいのものだった。
昼も間近に学校へ行くと、珍しい光景が二つだけあった。
先日、委員長に選ばれた君塚がいない。優等生な君塚がいないのは珍しいが、保健室で休んでいるだけと知って、気持ちは萎えた。
朝からずっと、具合が悪かったらしい。前の授業、体育で倒れて、保健室行きとなったそうだ。
君塚氷彩は綺麗な女生徒だった。だが、それ以上に綺麗な女生徒の周りに、人が集まっていた。
珍しい事件のもう一つ――――矢上彩の机をクラスメイトたちが囲んでいる。
事情を聞いてみる。矢上は先の体育で、大活躍したのだとか。それで五月の球技大会に期待を抱いた男子と女子の一部が机を取り囲んだ、というわけだ。
矢上彩は君塚氷彩とは対照的に、物静かな和風美人だった。京美人とか秋田美人なんかに該当するんじゃないだろうか。肌が病的なまでに白く、肩にも届かない髪がそれを惹き立てている。
学校を代表する美人さんが二人も揃っている。そんな風に揶揄されたこともあったが、崇行ははじめっから、矢上彩に心奪われている。
「私は、皆さんにお任せします」
おお、と色めき立つ声。何だか、初めて矢上の声を聞いた気がする。鈴が鳴るようにか細くて、高い声だった。
もっとその声を聞いてみたい。美麗な声は臓腑を貫き、脳髄を突き刺してこの心を焼いていた。
「・・・望月くん、何か?」
気付けば、声をかけられていた。一気に熱情が肉体を焦がしつくし、脳を沸騰させた。
「え、あ。いや、なんもねえけど」
「そうですか。では、戻られては」
もうとっくにチャイムが鳴っていたようで、自分一人だけが立っていた。
気恥ずかしさも相成って、ロクに返事もせずに崇行は自分の席へ戻っていく。
・・・ヤバい、喋っちゃった。矢上の声ってキレイで、ヤバい。
大体、顔もキレイなのに、声までキレイじゃ反則だ。冷たいような声だったけど、今時の女の子よりああいう子がいいのにな。
ちらっと盗み見したのが、よくなかった。
肘をついて悩ましげに片目を覆う仕草は、どこか気品があり、どこか冷たかった。
「ふうん、矢上か。矢上、ねぇ」
放課後、駅前にあるファーストフード店で、友達と早めの夕食とした。
友達の反応は喜ばしいものではなかった。矢上彩は確かに綺麗で上品だが、冷たすぎるというのだ。
「そんなことねえよ。大体、今時の女の子はさぁ、悪びれてるって言うか」
「おまえ、ジジくさいよ。矢上が古すぎるんだろ。物静かで奥ゆかしいのが女性の条件なんて、江戸時代じゃあるまいし、諦めなよ」
崇行自身も、付き合えるなど思ってはいなかった。ただ日を追うごとに、矢上彩に夢中になるだけ。矢上と自分が付き合うとは、予想だにしていない。
恋は盲目と言うけれど、意外と冷静な思考を持っていた。
今日、喋ってしまったのは、きっと会話をしたせいだろう。そう考えれば、意外と自分は純情なのかもしれない。
「あっ。だからおまえ、この前紹介した一年、フったのかっ」
「違うって。オレが矢上に会ったの、学校始まってからだぜ。それにオレはフラれたの。被害者だ、被害者」
女性と交際したことはある。つい最近まで、一年生と付き合っていたし、中学の時にも彼女はいた。
告白したから付き合って、相手の方から去っていく。全部そのパターンで、自分から告白したことはない。フったこともない。
きっと、本気で好きだったわけではないのだろう。人並みに落ち込んだこともあるが、矢上に対するこの想いだけは、真剣だ。
そんな崇行に呆れたのか、友達は五百円弱の代金を支払ってくれ、そのまま駅前で別れた。
自宅へ帰ろうと歩き出す。と、携帯電話が着信を告げていた。
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(天使再臨/2)
手は真っ赤で、顔も真っ赤。
ジャケットは汚れてしまいましたが、お気に入りのスカートは大丈夫です。
ざらざらして気持ちの悪い髪の毛をゴムで留めて、解体作業に移ります。
今日は嫌なことがあったので、勢いが強くなってしまいました。
だから時間もいつもより早く、頚動脈を斬るはずだったのに、
首を皮一枚のところまで斬り込んでしまいました。
ぶらぶらと動く首に、サッカーというテレビでよくやるスポーツの真似をしてみました。
ばーん、と派手な音を立てて、壁にぶつかった首は壁に髪の毛を貼り付けて霧散します。
それが、思っていたよりも面白かったので、ついつい気分はうきうきします。
サッカーって、面白いんですね。
手足の全てに切り込みを入れて、蹴っ飛ばしてみました。
頭よりは、楽しくありません。
ひぃ、とヘンな音が聞こえました。
振り返ると、さっきの三十二歳より若い男性がスーツケースを取り落としています。
私は、それを無視して腸を取り出し始めます。
だって、あの人は縛らないといけないでしょう?
ずるずると小腸を引き出して、ぺたんと座る男性に巻きつけようとします。
・・・あんまりにもうるさいので、口に落ちていた腕を突っ込みました。
ぐるぐると巻きつける頃には、動かなくなっていました。かすかにおしっこの臭いがします。
気分が悪くなったので、もうおしまいです。
そういえば、朝にもらったプリントを、届けなければなりません。
隣の席で出席番号が最後の男子生徒、望月崇行くんのおうちへ行きましょう。
足取りがわくわくします。気分はうきうきします。
私はてくてく歩いて、望月くんへ逝きます。
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人生は山あれば谷ありけり。良いことがあれば、悪いことが待っている。
先刻、呼び出された崇行は、どこぞの路地裏で六人の男子生徒に囲まれた。
頭の悪そうな彼らの話を聞く限り、どうやら三年の彼氏がいながら浮気をしていたと言うらしい。
自分のことを言っているのかどうか、よくわからなかった。
ただ、友達と言ってもこんなものかと思っただけだ。自分の魅力って、罪だな。なんて、笑うことしか出来ない。
押さえつけようとする三年の顔面を思い切り殴った。ケンカはしたことがあるけれど、いずれも小学校程度の中学生の遊びだ。
鼻っ柱に強烈な一撃を浴びて、戦意が無くなる。後は至極、単純な作業だった。
二、三発で倒れた。腹や背を、思うままに蹴られた。痛みでどうしようもなかったが、不思議と頭は違うことを考えていた。
浮気だとかヤったとか、そんなことで怒れるくらい、彼女が好きなんだろう。
裏切られた、とか考えないあたり、どうも崇行自身、自らに暴行を加える男の彼女で自分とも重なっていた女性を好きではなかったらしい。
笑いながら、罵声を吐きながら、蹴撃を続ける。もういい加減にしないと、肋骨などが痛んでしまう。死にはしないだろうが、治療が必要になる。いや、もう必要だろうが。
死。最近、流行の死。きっとニュースでやってる猟奇殺人とはかけ離れているが、同じ、死。
「望月くんはここかしら?」
死の中。すっとぼけた声が聞こえた。
場違いな姿。腫れ上がった視界の向こう、まだ春だと言うのに小さめのTシャツを着た憧れの人が立っていた。
踝まで隠れるロングスカートは袴のようで、月光に濡れる髪はいつもと違い、後頭で縛っていた。月の光が淡く、照らす。まるで輝くように、短く色の抜けた髪は揺れる。
「いや、別に邪魔はしない。ただ用事があるだけだから、終わるまで待ちます」
矢上は言うなり、路地裏の入り口によいしょ、と腰を落ち着けてしまった。
――――連中の対象は見知らぬ少女に向けられている。
色情に彩られた表情を浮かべて、彼らは少女を穢す。矢上彩。神聖とさえ思える天使を。
それが、たまらなく悔しかった。けれど、体は痛んで、動かせない。
「なぁ、ウチの学校の子だよな。どこのお嬢様かな?」
質問するのさえ、汚らわしかった。
「二年E組です。矢上彩と言います」
丁寧な口調だが、いつものような冷たさが一層、強かった。彼女自身、嫌悪感を抱いているのかもしれなかったが、表情は無かった。
それが、おかしいと思えば、おかしかった。
「へぇ、2−Eの矢上ねぇ・・・」
知っている、という響きを含ませる者もいた。
矢上色は微動だにせず、わずかに目を細めただけだ。
――――それが、どうしようもなく、怖かった。
ヘッドライトのような光が一瞬、穢れた場所を照らし出す。
ぱん、と不思議な音が聞こえた。平手打ちのような音。手を伸ばした三年の一人が、顔を打たれたらしい。
顔を打たれて、倒れたらしい。
暴風、を見た。最小の動き、ケンカとは遠くかけ離れた次元の世界の住人だ。体の動きは小さく、足捌きで距離を詰め、体捌きで相手を打倒する。合気道とか、柔道とか、そういった動きに似ていると崇行は思った。
男たちが空を飛んでいる。150センチにも満たない少女を中心に、暴風のごとく空を舞う。
少女は、初めて表情を見せた。吹き飛ばすように最後の一人、その腹部に強烈な掌を突き上げて。
崇行が初めて見た――――好きな人の笑顔だった。
五人の三年男子を全て地面に叩きつけて、矢上はこちらに歩いてくる。
息さえ乱れず、最後には笑みを浮かべて、圧倒的な力を見せ付けて、歩いてくる。
「大丈夫、死んでない」
地に伏した生徒を案ずるでもなく、淡々と言い放った。確かに、冷たい人間かもしれないな。
矢上はポケットから、綺麗に折りたたまれた紙を取り出す。受け取ると、学校で配布されるどうでもいいものの代表作、プリントだった。
家庭用に配布されるソレは、集団による登下校を促すものだった。同時に、夜間の部活動の禁止を伝えている。
「・・・それだけ?」
うん、と頷く矢上。年相応の、幼さが見えた。
ひらり。プリントが落ちる。
それだけのために、矢上は、オレを探して、五人を薙ぎ倒して、プリントを渡す?
馬鹿らしくて、意識が遠くなった。