Mirage

Angelic-1

高校も二年目になり、四月の陽気でさえ春休みの終わりという陰鬱さを消せない。
クラスも変わった。一年の時一緒だった友達は誰一人としてクラスにいない。まったく、どこの担任が仕組んだ罠だろう、これは。
それに、始業式だと言うのに、午後までびっちり授業をやるというのもいただけない。
仕方ないと諦め、君塚氷彩は家を出た。
君塚の家は至って平凡だった。両親と、四歳年上の兄がいる。裕福と人は言うけれど、倹約と節制が大好きなケチ家族だと氷彩は思っている。
兄は好きだった。どこにでもいるような普通の男だが、顔はまぁまぁ良いほうだ。何より、優しい。昔っから不器用で、小学校の工作とかでも組み立て作業に失敗するような男だ。あの調子では、中学の技術も2だったに違いない。
明るくて、優しい兄は、家を出ていた。今年で二十一になる。大学を辞めた時はさすがに両親に大目玉を食らったが、いつものように穏やかな目で、静かに家を飛び出した。
意外と、やる時はやるんだな。そんな印象を残したが、氷彩は月に一回くらいは会っていた。
忙しいのにも関わらず、誘いは一度も蹴ったことがない。あの優しさは、美徳だ。
そんなことを思い返していると、学校についた。公立の平凡な高校である。進学した理由は、兄がいたから。当然、氷彩が入学した時には卒業しているのだが、君塚の妹というのはブランドだった。
面倒見が良く、優しかった兄は後輩にも当然好かれていた。自覚はないものの、顔だって結構いいのだ。女生徒からもモテたが、やっぱり部活の後輩とかに人気があった。
教室に入る。誰一人知り合いのいないクラスというのは、寂しい。他の連中は久しぶりに会った友達や、あるいは同じクラスの知り合いということで、会話に花咲かせている。
同じように椅子に座って呆けているのは、一番後ろの席にいる、矢上という女生徒だけだった。

ヤガミシキ。なんだか奇妙な名前の女性を、今の今まで氷彩は、男だと思っていた。
兄、冬真からその名を聞いたのは、三月の頭だった。ヤガミという人が同じクラスになるから、仲良くしてやってくれ、とのことだ。兄の親友らしい。
親友というには、ヤガミさんは綺麗な女の人で、そぐわない感じがする。色素の薄いショート・ヘアは兄より長い程度で、美しかった。端整な顔立ちは上品で綺麗だが、愁色を感じさせる。
暗い女。幽遠な美しさは男を虜にするだろうが、どこか気に食わなかった。
単に兄の知人に綺麗な人がいるから気に入らないのかもしれなかったが。
観察を終える頃に、新しい担任が入ってきた。すぐに席を立ち、クラスは始業式のために体育館へと移動した。
校長先生の長くありがたいお話は、専(モッパ)ら世間を騒がせる殺人事件についてだった。
ここ一週間で三人が殺された。共通点も無い、三人がこの町で死んでいる。毎日、どこかで誰かが死んでいるが、身近で殺人事件だとなると、自然と肌が敏感になった。
些細なことでも聞いてしまう。警察に動きが無いことから推測するに、まだ犯人の手がかりさえ見つけられていないのだろう。
決まって、深夜に殺人は行われているようで、そこだけが唯一の共通点で、同一犯だった。
連続猟奇殺人事件というが、どう殺されているかは報道されていなかった。
そんな話だからだろうか。ばたん、と列の最後尾で誰かが倒れる音がした。


「あ、ヤガミさんね。一年A組で一緒だったんだけどー、明るくて素直なコだったよぉ。ちょっと地味なトコとかはあったケド、学祭とかじゃ色々手伝ってくれてさ。嫌いなコはいなかったんじゃないかなぁ。ほにゃぁ、とした笑顔なんか浮かべて、けっこー可愛いかなあ、なんてね。え?ヒイロと同じクラスなの?アタシはそんな親しくないけどー、ヨロシク言っといてよ、ね?」

「ヤガミ?あー、ヤガミさんね、おうおう。覚えてる覚えてるって。あの可愛いって人気だったヤツだろ?そうそう、長い髪の毛のな。まぁ、オレはそん時アヤコと付き合ってたから、あ、可愛いなってくらいにしか思わなかったけど、クラスの男子ん中では人気だったんじゃねえの。オレも後輩に紹介されて見ただけだし。君塚センパイの彼女なのかって?まさか。君塚センパイとヤガミさんは親しくなかったよ。いやー、懐かしいなぁ、高校なんて。やっぱどうよ、青春してるかい?」

「矢上について教えて欲しい?いいけど、君塚、直接聞けばいいじゃないか。あの子は体が弱くてな、親御さんからも注意してくれと頼まれてる。いいか君塚、あの子は三学期全て欠席してる。正確には休学のようなもんだが、入院してたせいだ。寂しいんだろうなぁ。ああ、そういやお前の兄貴の知り合いだったか。朝里の代わりに迎えに来ていたこともあったな。ほら、朝里煌貴。兄貴の友達だろ、知らないか?まぁ、仲良くしてやってくれ、な」

「あ、ヒイロちゃんまた来たの?朝里煌貴と君塚冬真?あー、アサリ先輩ね。知ってるよ。アサリさんとヤガミさんが付き合ってたかって?あ、それならあるかもしんない。君塚センパイがウチに来てたのだって、ヤガミさんをアサリ先輩トコに連れてくためだろ。アッシーくんだったんだな、きっと」

「矢上さん?あら、それなら迎えの人が来て早退したわよ。そうそう、君塚さんのお兄さんがね。仲良くなりたいのならね、同じクラスの人とかに家とか、訊いてみたら?確か一年A組だったから。あ、あと、冬真くんの後輩とかに訊いてみるといいんじゃないかしらね。ここだけの話ね、矢上さんのおウチ、あの丘の上の豪邸だって言うのよ。詳しくは知らないんだけどね、この前は家令さん、つまり執事さんが来て、病院に連れてったのよ。ご両親が忙しい時とかは、祖父母のところにいるみたいよ」


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(天使再臨/1)


手は真っ赤で、顔は真っ白。

ジャケットは汚れてしまいましたが、お気に入りのスカートは大丈夫です。

ざらざらして気持ちの悪い髪の毛をゴムで留めて、解体作業に移ります。

心臓をナイフで一突きにされた二十四歳会社員男性はうつ伏せに倒れて、赤い水たまりを作ります。

私は、とりあえず右腕をモぎ取りました。

ぐちゅぐちゅという音が心地よく、甘美に聞こえます。

抜き取った右腕を放り投げて、乱雑に押し込まれた小腸を引きずり出します。

綺麗な肺を二つとも取り出して、一個は握り潰し、一個は叩きつけます。

ナイフで額からぐるりと円を描いて頭蓋を切り開き、白っぽい脳漿を出して、脳味噌を手にします。

ぐちゃり、と手で押し付けると、潰れます。

眼球を刳(ク)り貫(ヌ)きました。一個だけです。もう一個は傷つけてしまい、面白くないからです。

これも潰します。地面に置いて、踏みつけました。

「あは」

楽しい。楽しすぎます。

「あは、あははは」

笑ってしまいます。路地裏に笑い声が響いて、後はぐちゃぐちゃという音が残りました。

体を全て分解すると、もう潰すところも無くなって、面白くありません。

私は、家に帰ります。

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